(独)水産総合研究センター 中央水産研究所 黒潮研究部・生物生態部
掲載日 2003年4月2日


マイワシ(Japanese sardine)は
1980年代には我が国周辺で毎年200万トン以上が漁獲されましたが,
最近では10万トン台に落ち込んでいます.

ここでは,太平洋に分布するマイワシの資源変動について
(1)何が分かっているのか,(2)何が分かっていないのか,(3)分かっていることから何ができるのか

について現段階の知見に基づく説明をします.

この説明は,2003年2月5日〜6日に行われた
マイワシ等の資源変動要因検討会」における議論の結果に基づくものです.


マイワシの生物学・漁業・資源の現状等については,下のサイトも御参照下さい。

[マイワシ太平洋系群平成14年度資源評価票(ダイジェスト版)]
[マイワシの不思議(中央水研HP)]

結論の図:マイワシの資源変動の遠因はアリューシャン低気圧の活動(図の水色の渦巻)の変化らしい


1.何が分かっているのか

日本のマイワシとカリフォルニアのマイワシとペルーのマイワシは,ほぼ同期した資源変動を繰り返してきた.その周期は50年〜70年程度である.→ 図1図2

そのため,これら3海域のマイワシ資源変動は少なくとも太平洋全域に共通した何らかの大規模な環境変動が原因と考えられる.最も有力なのはアリューシャン低気圧の活動.→ 図3
アリューシャン低気圧の偏差が「負→正」と変化した年は1925年と1977年でマイワシの増加と関連し,「正→負」への変化は1945年と1988年でマイワシの減少とほぼ一致する.1988年には北極振動指数も大きく変化した.このような気候やマイワシなどの急激な変化はレジームシフト(生態系の体制変化)として知られている.

1歳以降の生残率も年々の変化はあると考えられるが,1歳まで(多分半年程度まで)の累積生残率と漁獲の影響がマイワシ資源の変動の主な原因である.→ 図4

マイワシの稚魚は黒潮から黒潮続流域(黒潮の続きで,房総半島から日付変更線付近まで)周辺に流されて,成長する.その年の秋季には道東から三陸に回帰し,まき網漁業などの対象となる.→ 図5

マイワシの1歳までの生残率と黒潮続流域南部の冬季の海面水温との間には偶然では説明できない関係がある.言い換えれば,黒潮続流域南部の冬季水温が変化するとマイワシの1歳までの生残率が変化すると考えられる.→ 図6

マイワシが激減したのは1988年から数年間連続して1歳までの生残率が極端に悪化したためであり,乱獲により親魚が減少したためではない.→ 図7 なお,飢餓状態に陥ったマイワシマイワシ稚仔魚は見られていない.

黒潮続流域南部の冬季の表面水温は,その水域の冬季の垂直的混合の強さ(混合層の深さ)を表している(表面水温が冷たいほど,表層水の密度高まり,垂直的な混合が強くなる).垂直的混合が強いと中深層から窒素やリンなどの栄養が多く供給され,プランクトンの発生が多くなる.→ 図8図6

マイワシなど多くの魚類の餌になる動物プランクトン量は黒潮域とその沿岸域では水温と日照に関係している.→ 図9

餌以外の要因として,カツオなどの捕食者1990年頃から増加したことが考えられる.実際,カツオなどがマイワシを捕食することが観察されている.→ 図10

マサバは少ない親魚量から1992年と1996年に多くの加入量が見られたが,この原因は自然要因である.→ 図11   しかし,これらの群れは産卵までに相当漁獲されたため,マサバ資源は回復しなかった.これは乱獲といえる.このように資源変動は人為的影響と自然変動により生起するので,「資源の減少=乱獲」とは必ずしも言えず,「乱獲が資源の低位安定をもたらす」という事態もありうる.

マイワシで見られた「生後1歳までの累積死亡が加入量の変動を説明する」という知見は,摂餌開始期に瞬間的に加入量が決定されるという従来の学説(クリティカル・ピリオド説)を否定した.→ 図12
この変化は,マイワシなどの浮魚類の加入量決定過程の研究に対してプランクトン的視点からネクトン的視点への変更を意味する.また,加入量予測のためには稚魚期以降の豊度の把握が重要である.→ 図13 

2.何が分かっていないのか

捕食による1歳までの死亡がマイワシなどの資源変動を十分に説明できるか否かを判断するだけの定量的なデータがない.マイワシをとりまく海洋生態系の構造と機能の研究は必要だがやるべきことが多い.

マイワシの稚魚にとって良好な黒潮と続流域の環境は,カタクチイワシには悪いが,この原因はプランクトンの発生時期と稚魚の来遊時期のズレや魚種により最適な餌プランクトン(主にコペポーダ類)の種類が異なることなどが想定されているもの,実証はされていない.→ 図14

黒潮続流域の水温に代表される海洋環境の変動が生じる原因は定説がない.地球全体の物理構造変動の一部として捉えることが,その現象の実態やメカニズムを理解することに有効であろう.

日本のマイワシとカリフォルニアのマイワシは10年程度の期間では増減が一致するが,年々のレベルでは一致しない.例えば,1990年代後半の漁獲量の落ち込みは日本がカリフォルニアより著しい.アリューシャン低気圧の活動は1990年代後半には活発化している現象は,日本のマイワシよりカリフォルニアのマイワシの変動に一致する.→ 図3 この原因を説明する物理および生物過程はは不明である.

3.分かっていることから何ができるのか

上記のマイワシの50年程度の周期で見ると,約25年間は数百万トン/年の漁獲が持続的に行えるが(MSY),残りの約25年間は適切に管理しても数十万トン/年の漁獲しか出来ないので,マイワシにとって好適・不適な時代を考慮した資源管理を行うのが適当と考えられる.→ 図15  資源管理と評価

このマイワシにとって良好な時代と不適な時代を数年単位の精度で予測することは出来ないが,中央水研が行っている春季の黒潮続流域の稚魚分布量調査はその年の加入量(秋季以降)をある程度予測できるので,マイワシやマサバの加入量変動に対して半年前から対処できる.→ 図16

4.研究の展開

黒潮続流域の水温変動がどのようにプランクトンの生産量と種組成あるいは発生時期のピークに影響を与えるか,そしてそれらの変化がどのようにマイワシの生残に影響を与えるかの生態系のボトムアップ効果の調査研究が望まれる.

マイワシやマサバの稚魚の生残に及ぼす捕食者(カツオ,ビンナガ,シマガツオ,イカ類,海産哺乳類など)の影響を定量的に把握することが望まれる(生態系のトップダウン効果の解明).

生態系の構造と機能をある程度明らかにし,生態系モデルを作成する.これにより,気候変動や漁業が生態系に与える影響を探る.

今後の調査・研究への渡邊教授の提言 → 図17

PICESなど国際機関においても我が国の研究成果は最先端のものであるので,積極的に成果を報告し,他国との研究交流により世界の水産および海洋研究を高めることが出来ると考えられる.世界のマイワシ類がほぼ同期して変動する理由を明らかにするためにも国際協力が有効である.

5.謝辞
 
本検討会に出席され,熱心に討議された参加者各位に厚くお礼いたします.これまでのマイワシ等についての研究をレビューした今回の検討会により,「マイワシ資源変動についての仮説」がより明確になったと思っています.この仮説の一つ一つを今後の調査研究により検証していくことが望まれます.今後とも皆様のご協力とご助言をよろしくお願いいたします.なお,このホームページでは,渡邊良朗博士(東大海洋研究所教授),安田一郎博士(東大理学部助教授),中田薫博士,大関芳沖博士,谷津明彦博士(中央水産研究所)が作成された図や資料をご承諾の上使用させていただきました.(石田行正)

6.詳細は下記書物をご参照下さい.

・渡邊良朗・和田時夫(編)1998. マイワシの資源変動と生態変化.水産学シリーズ119.恒星社厚生閣

・黒潮親潮移行域の浮魚類 1999.月刊海洋 1999年4月号.海洋出版.

・気候-海洋-海洋生態系のレジームシフト(上・下)2003年.月刊海洋 2003年2〜3月号.海洋出版.

7.図の出典

図1 平本(1996)を改編
図2 川崎(1999)を改編
図3 谷津明彦(未発表資料)
図4 Watanabe et al. (1995)より作成
図5 Noto and Yasuda (2003) を改編
図6上 Noto and Yasuda (1999)を改編
図6下 中田(2002)を改編
図7 水産庁ほか(2002)より作成
図8 安田一郎(未発表資料) 
図9 中田 薫(未発表資料)
図10 杉崎(1996)を改編
図11 Yatsu et al. (2002)を改編
図12 渡邊良朗(未発表資料)
図13 渡邊良朗(未発表資料)
図14 Tian et al. (2002) より作成した 中田 薫(未発表資料)
図15 谷津明彦(未発表資料)
図16 西田ほか(2001)を改訂増補
図17 渡邊良朗(未発表資料)

平本紀久雄 1996 イワシの自然史 中公新書1310,中央公論社, 183pp.
川崎 健 1999 漁業資源 成山堂書店 210pp.
中田 薫 2002 黒潮流域におけるメソ動物プランクトン群集の変動とその機構 月刊海洋号外(31): 217-222.
西田 宏・渡邊千夏子・谷津明彦 2001 黒潮親潮移行域における稚魚採集結果に基づくマイワシ・マサバの加入量水準予測.黒潮の資源・海洋研究, 2: 77-82.
Noto, M. and I. Yasuda 1999 Population decline of the Japanese sardine, Sardinops melanostictus, in relation to sea surface temperature in the Kuroshio Extension. Can. J. Fish. Aquat. Sci., 56: 973-983.
Noto, M. and I. Yasuda 2003 (submitted) Larval Transport Model of the Japanese Sardine, Sardinops melanostictus, in the northwestern Pacific during 1987-1988. Fish. Oceanogr.
水産庁ほか 2002 我が国周辺水域の漁業資源評価(魚種別系群別資源評価要約版)175pp.
杉崎宏哉他 1996 農林水産技術会議 農林水産系生態秩序の解明と最適制御に関する総合研究 平成7年度研究報告書 172-173
杉崎宏哉他 1996 農林水産技術会議 農林水産系生態秩序の解明と最適制御に関する総合研究 平成10年度研究報告書 156-157
Tian, Y., T. Akamine and M. Suda 2002 Variations in the abundance of Pacific saury (Cololabis saira) from the northwestern Pacific in relation to oceanic-climate changes. Fish. Res., 60: 439-454.
Wantanabe, Y., H. Zenitani and R. Kimura 1995 Population decline of the Japanese sardine Sardinops melanostictus owing to recruitment failures. Can. J. Fish. Aquat. Sci., 52: 1609-1616.
Yatsu, A., T. Mitani, C. Watanabe, H. Nishida, A. Kawabata, and H. Matsuda 2002 Current stock status and management of chub mackerel,Scomber japonicus, along the Pacific coast of Japan - an example of allowable biological catch determination . Fish. Sci. 68 (suppl.1): 93-96.


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質問のあて先  

独立行政法人 水産総合研究センター 研究推進部研究情報科
e-mail abc-www@ml.affrc.go.jp
FAX (045)788-5006


マイワシ等の資源変動要因に関する検討会議事次第
(主催:水産総合研究センター本部,事務局長:石田中央水研部長,世話役:谷津)

1.日時:2003年2月5日午後1時〜6時30分,6日午前9時30分〜12時

2.場所:中央水産研究所横浜の講堂(5日),農水省本館水産庁中央会議室(6日)

3.出席者:
1)水産庁:弓削増殖推進部長,末長研究指導課長,小松漁場資源課長, 井貫沿岸沖合課長,佐藤資源管理推進室長,和田研究管理官,竹葉沿岸資源班長ほか関係者多数
2)大学:長崎大・中田教授,東大海洋研・渡邊教授,松田助教授,東大理学部・安田助教授,東水大・桜本教授,(元)東海大・林繁一教授
3)公立機関:千葉県水研センター・内山主任研究員,地球フロンティア・田所研究員
4)水研センター:本部・時村開発官、北水研・原企連室長,東北水研・北川支所長,西海水研・宮地部長,東北水研・奥田企連室長,平井部長,瀬戸内水研・井関部長,東北水研・上野室長,斎藤室長,栗田室長,杢ポスドク研究員,中央水研・入江部長,大関室長,中田室長,渡邊室長,高橋JST特別研究員,瀬戸内水研・銭谷室長,西水研・檜山室長,大下主任研究官,遠洋水研・平松室長,日水研・森本室長,元日水研・黒田部長,ほか

4.議事

2月5日(中央水産研究所 横浜;座長:石田)

1)趣旨説明(中央水研 石田),記録係の指名(水研センター本部 時村)
2)マイワシ関連バイコスの成果概要(中央水研 大関)
3)バイオコスモス「浮魚制御サブチーム」におけるマイワシの成熟・産卵の生理生態に関する研究(日水研 森本)
4)黒潮続流域の水温変動メカニズムとマイワシ資源に及ぼすプロセス:バイコスおよびその後(東大理 安田)
5)黒潮域プランクトンの動態とマイワシ資源変動:バイコスおよびその後(中央水研 中田)
6)資源回復は北から−1987年頃からのカタクチイワシの復活と回復期に備えた調査研究の参考・提言(瀬戸内水研 銭谷)
7)マイワシとマサバの資源変動:SPACC提出論文より(中央水研 谷津)
8)VENFISHの成果(東北水研 栗田)
9)総合討論(座長:石田)
・変動要因の検討(何が分かっていて何が分かっていないのか)
・管理方策の検討(分かっていることから何が出来るのか)
・暫定的結論と将来方向(ここまで分かっていて,管理に早期に生かせること,中長期的に取り組むべきこと,シンポジウムやワークショップ開催の意義と可能性,所内プロ研の立ち上げ可能性,他)

2月6日(水産庁 中央会議室; 座長:北水研 原)

1)趣旨説明(中央水研 石田),記録係の指名(水研センター本部 時村)
2)2月5日会議の概要(中央水研 石田・谷津)             
3)マイワシなど浮魚資源変動研究の現状と展望(東大海洋研 渡邊)
4)総合討論  

                       おしまい